関東連合を調べてる内に見えてきた、昔の暴走族の異常性!!
更新日: 2014-07-13 16:04:02
関東連合を調べてる内に見えてきた、昔の暴走族の異常性!!いつの時代も変わらないね。
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関東連合 +
関東連合とは
東京都内を中心とした暴走族の連合体を関東連合
結成されていた暴走族の連合体であるCRS連合や東京連合を含めた大連合体の確立を狙い
1975年(昭和50年)に結成
都内ではすでにCRS連合/東京連合が結成され、
ブラックエンペラーがドキュメント映画『ゴット・スピード・ユー』などに出演して、
売り出し攻勢をかける。
七里ヶ浜事件以来、警察の取締りは一段と強化され、暴走族はこれに挑戦するかのように
内部抗争を日ごとに深める
ブラックエンペラー/マッドスペシャルはすでに結成されていたCRS連合/東京連合をも含めた
一大連合の確 立をもくろんで関東連合を設立。
関東連合の結成に携わり、初代の最高顧問だったという爺さんがいるが、
アクセスジャーナルで連載やってる渡辺正次郎さん。
当時は国会議員の秘書をやっていて
「族同士の抗争事件を避ける為に、全国の暴走族に呼びかけて大同団結したい」と相談されて、
考えを聞いて私は賛成し「団体の名前を決めろ」と。
それで決まったのが「関東連合」である。
初代会長が渡邉康司で初代最高顧問となる。
 
警視庁幹部と話し合いが行なわれ、参加する全国の暴走族幹部たちに“大同団結し、
関東連合を設立した趣旨説明”するための第一回集会を駒沢公園の許可が出た。
「駒沢公園には、TV局から新聞から、みんなきましたよね。
普段は暴走族を目の仇にしていたよう なマスコミが、今日は暴れる様子もないから行って
みようてなもんだったんじゃないのかな。
それに代議 士が一枚からんだとなれば、それなりにマスコミにも動員かけてきたんじゃないかと
思いますね。」 当日は警視庁交通執行課職員(トップのキャリアも含む)20人以上が
立ち会っての上で開催された。
その日は北海道を除く全国から駆けつけた暴走族リーダーと幹部約6000名が駒沢公園を埋め尽した。横目で見ると、立ち会った警視庁幹部たちの顔は真っ青で緊張しているのが分かった。

暴走族の集団である「関東連合」の結成式には警視庁からもキャリアを含む20人が参加していたと言うんだから、最初から警察とズブズブだったわけだ。
抗争事件が連続している東京を一つにまとめて抗争をなくそうとした。

関東連合の結成式は駒沢公園で行われ代議士も演説。
『これを機に抗争をやめなさい』と言う内容だった。
ブラックエンペラー&マッドスペシャルが主体で
・赤蜻蛉
・鼠小僧
・ほうじろ
・ファニーダック
・寿限無
・鬼面党
・ホワイトローズ
・MEDUSA
・零拠
・小次郎
・鯨
・エンジェル
・狂乱恋命
・バラモン
・幻
・烏山
・狛江
既存の連合体に加入していないチームが関東連合に参加。
マッドスペシャルの会長が国防青年隊の隊長やってたこともあって、
会長の根回しがあって関東連合は出来た。
結成時の規模は総人数約3,000人/車両台数約1,500台
 
構成員数のピークは1980年代の3,000人程度
 
90年代には100~150人程度
 
現在は数十人程度
 
どんな時代だったの?
少年法改正前であったため、殺人でも別荘に2年~3年弱で
娑婆に出れるので少年ヒットマンが大量生産された。
 
合言葉は、殺人上等/メッタ刺し(抗争相手死者多数)。
 
22代目ブラックエンペラーを復活させる以前までは、
暴走族の喧嘩スタイルは素手の喧嘩(スデゴロ)にこだわったり、
凶器と言っても木刀・角材までだった
 
「代替わり」を契機に、金属バット・包丁・ナイフ・日本刀・拳銃
といった暴力団顔負けのスタイルに変更。
 
この世代の抗争はタイマン勝負やステゴロ勝負よりは
奇襲/襲撃/拉致監禁/刃物を使った刺し喧嘩が主流となった。
 
各地区で有名人(ビッグネーム)になっている人達は
 ・めった刺し(殺人)
 ・キチガイ度(拷問)
 ・鬼畜度(ヤキ)
 ・凶暴度(喧嘩の強さ)
の4拍子が揃った人達が有名になっていた時代である。
 

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